第5節 占有権
第2章 物権法
占有権は、物を事実上支配する状態を保護する物権です。所有権のような完全な権利がなくても、物を占有している事実状態そのものに法的保護を与えることで、社会秩序を維持します。賃借人や質権者など、他人の物を適法に占有する者の地位を守るために重要です。占有訴権(占有保持・占有保全・占有回収の訴え)の3種類の内容・要件・期間制限を正確に押さえることが行政書士試験対策のポイントです。
占有権とは・自主占有と他主占有
180条・185条簡単にいうと
所有者でなくても、物を持っているという事実そのものに民法は権利を認めます。それが占有権です。
持っているという事実を保護する
民法は、ただその物を持っているという状態の人にも占有権という権利を認めています(180条)。所有者かどうかは問いません。
取得時効に必要な期間だけ他人の物を使っている人も、他人から物を借りている人も占有者です。占有を正当づける権利を本権といいますが、占有権は本権があるかどうかとは切り離されています。
なぜそんな権利を認めるのかというと、実力で物を奪い合うことを防ぐためです。持っている人からいきなり取り上げる行為をまず止めて、誰が本当の権利者かは裁判で決めればよい、という発想です。
自主占有と他主占有
占有は、所有の意思がある自主占有と、所有の意思がない他主占有に分かれます。
自主占有の例は、物の買主や窃盗犯人です。買主は当然自分の物として持っていますし、窃盗犯人も自分の物にするつもりで持っています。
他主占有の例は賃借人です。借りている以上、他人の物として持っているからです。
所有の意思は気持ちではなく立場で決まる
所有の意思というと本人の気持ちの問題に見えますが、そうではありません。どういう立場で占有しているかによって決まります。
そのため、賃借人が心の中で「この家を自分の物にしてやろう」と思っていたとしても、他主占有のままです。賃貸借契約にもとづいて借りている立場が変わらないからです。
違いが効いてくる場面
この区別が効くのは取得時効です。自主占有であれば取得時効が成立しますが、他主占有では成立しません(162条)。何十年借り続けても、借主のままでは所有権を時効取得できないということです。
なお、他主占有者が新たな権原によって所有の意思をもって占有を始めたとき、または所有の意思があることを相手方に表示したときは、自主占有に変わります(185条)。借りていた家を買い取れば、そこから自主占有になります。
具体例
AがBに建物を貸している場合、Bは借主の立場で持っているので他主占有です。Bがその建物を何十年使い続けても、取得時効によって所有権を得ることはありません。これに対し、BがAからその建物を買い受ければ、そこから自主占有に変わります。また、CがAの時計を盗んだ場合、Cは自分の物にするつもりで持っているので自主占有となります。

パターン②:受寄者が第三者に占有権行使

パターン①:賃借人が侵入者に占有権行使
ポイント整理
- ・自己のためにする意思をもって物を所持すること(180条)
- ・自主占有は所有の意思がある占有であること
- ・所有の意思の有無は、どういう立場で占有しているかによって決まること
効果
- ・占有が侵害されたときは占有訴権を行使できます(198条から200条)
- ・自主占有であれば取得時効が成立します(162条)
- ・他主占有では取得時効は成立しません
- ・新たな権原による占有の開始や相手方への表示により、自主占有に転じます(185条)
条文(180条・185条)
第180条(占有権の取得)占有権は、自己のためにする意思をもって物を所持することによって取得する。
重要メモ
- ・所有の意思は本人の気持ちではなく立場で決まる点に注意
- ・180条: 自己のためにする意思をもって物を所持すれば占有権を取得する
- ・自主占有の例は買主と窃盗犯人、他主占有の例は賃借人
- ・賃借人が内心で自分の物にしようと思っていても他主占有のまま
- ・185条: 新たな権原による占有開始や相手方への表示で自主占有に転じる
占有の推定と占有改定・簡易の引渡し
186条・188条・182条から184条簡単にいうと
占有者は適法な権利者だと推定されます。あわせて、占有を移す4つの方法もここで整理します。
占有者は権利者と推定される
占有者が占有物について行使する権利は、適法に有するものと推定されます(188条)。時計を持っている人は、その時計の所有者だと一応扱われるということです。
この推定があるおかげで、占有者は自分が権利者であることを証明しなくてすみます。争う側が、占有者に権利がないことを証明しなければなりません。立証の負担が相手方に移る点に意味があります。
無過失の推定につながる
この推定はもう1つ働きをします。即時取得では取得者が無過失であることが必要ですが、無過失は186条の推定の対象に入っていません。
そこで、前の占有者が188条によって権利者と推定される以上、それを信じた取得者に過失はないと扱われます。即時取得の場面で取得者が無過失を自分で証明しなくてよいのは、この188条があるからです。
なお、186条1項は、占有者は所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ公然と占有をするものと推定すると定めています。善意は186条、無過失は188条、と根拠が分かれる点に注意が必要です。
占有を移す4つの方法
占有の移転、つまり引渡しには4つの方法があります。
現実の引渡し(182条1項)は、物を実際に手渡す方法です。
簡易の引渡し(182条2項)は、相手方がすでに物を所持している場合に、意思表示だけで占有を移す方法です。貸していた物をそのまま売る場面が当たります。
占有改定(183条)は、引き続き自分が所持したまま、以後は相手方のために占有すると表示する方法です。売った物を自分が預かり続ける場面です。
指図による占有移転(184条)は、物を預けている第三者に対し、以後は譲受人のために占有するよう指示し、譲受人が承諾する方法です。
占有改定だけ即時取得に使えない
4つのうち占有改定だけは、物が元の占有者の手元にとどまります。外から見て支配が移ったように見えないため、占有改定による引渡しでは即時取得が成立しません。この違いは動産物権変動のところでも扱いました。
具体例
Aが持っている時計について、Aは所有者だと推定されます(188条)。Bがその時計は自分の物だと主張するのであれば、BがAに所有権がないことを証明しなければなりません。また、AがCにその時計を売ったものの、しばらくAが預かり続ける場合は占有改定にあたります。このときCは引渡しを受けたことになりますが、即時取得は成立しません。
ポイント整理
- ・占有者は、占有物について行使する権利を適法に有するものと推定されること(188条)
- ・占有者は所有の意思、善意、平穏、公然を推定されること(186条1項)
- ・引渡しには現実の引渡し・簡易の引渡し・占有改定・指図による占有移転の4つがあること
効果
- ・占有者は自分の権利を証明する必要がなく、相手方が不存在を証明します
- ・即時取得における取得者の無過失は、188条の推定によって基礎づけられます
- ・占有改定による引渡しでは即時取得は成立しません
条文(186条・188条・182条から184条)
第188条(占有物について行使する権利の適法の推定)占有者が占有物について行使する権利は、適法に有するものと推定する。
重要メモ
- ・善意の推定は186条、無過失の基礎づけは188条と根拠が分かれる点に注意
- ・188条: 占有者が行使する権利は適法に有するものと推定される
- ・この推定により、争う側が占有者に権利がないことを証明する
- ・186条1項: 所有の意思・善意・平穏・公然が推定される。無過失は含まれない
- ・引渡しは4種類あり、占有改定だけは即時取得に使えない
善意占有者・悪意占有者の効果(果実収取・費用償還)
189条・190条・196条簡単にいうと
自分の物だと信じて持っていた人と、他人の物だと知って持っていた人では、返すときの扱いが変わります。
返すときに何がどこまで戻るか
本権のない占有者が物を返さなければならないとき、問題になるのは物そのものだけではありません。その物から得た果実をどうするか、その物にかけた費用をどうするかも決めなければなりません。
民法はこれを、占有者が善意だったか悪意だったかで分けています。ここでいう善意とは、自分に本権があると誤信していたことをいいます。
善意占有者は果実を取得できる
善意の占有者は、占有物から生じた果実を取得できます(189条1項)。他人の土地を自分の土地だと信じて耕していたのであれば、収穫した作物はその人のものになります。
自分の物だと信じて手間をかけた以上、その成果まで取り上げるのは酷だからです。
訴えを提起された時から悪意扱いになる
ここが間違えやすいところです。善意の占有者が本権の訴えにおいて敗訴したときは、その訴えの提起の時から悪意の占有者とみなされます(189条2項)。
判決が出た時からではありません。訴えを起こされた時点まで遡って悪意扱いになるため、訴訟中に収穫した果実も返還の対象になります。「敗訴した時から」と覚えていると取りこぼします。
悪意占有者の義務
悪意の占有者は、果実を返還しなければなりません。すでに消費してしまった果実、過失によって損傷した果実、収取を怠った果実については、その代価を償還する義務を負います(190条1項)。
費用の償還は善意悪意で変わらない
占有者が占有物について費用を支出した場合の扱いは、善意悪意を問いません。
必要費は、物の保存に通常必要な費用です。占有者は回復者に全額の償還を請求できます(196条1項)。
有益費は、物を改良して価値を増やした費用です。価格の増加が現に存する場合に限り、回復者の選択によって、支出した金額または増加額のいずれかを償還させることができます(196条2項)。
ただし悪意の占有者については、裁判所は回復者の請求により、有益費の償還について相当の期限を許与することができます(196条2項但書)。すぐには払わなくてよい、という猶予です。
具体例
Aの土地をBが自分の土地だと信じて耕し、作物を収穫していたとします。Bは善意の占有者なので、それまでの収穫物を取得できます。ここでAがBに対して土地の返還を求める訴えを起こし、Bが敗訴したとします。このときBは訴えが提起された時から悪意の占有者とみなされるため、訴訟中に収穫した分も返還しなければなりません。一方、Bがその土地の擁壁を修理した費用は、善意悪意を問わずAに全額請求できます。
ポイント整理
- ・善意の占有者とは、自分に本権があると誤信していた者であること
- ・善意の占有者が本権の訴えで敗訴したときは、訴えの提起の時から悪意の占有者とみなされること(189条2項)
- ・有益費の償還は、価格の増加が現に存することが必要であること(196条2項)
効果
- ・善意の占有者は占有物の果実を取得できます(189条1項)
- ・悪意の占有者は果実を返還し、消費や損傷した分は代価を償還します(190条1項)
- ・必要費は善意悪意を問わず全額を請求できます(196条1項)
- ・有益費は回復者の選択により、支出額または増加額を償還させます(196条2項)
- ・悪意の占有者には、有益費の償還について期限が許与されることがあります
条文(189条・190条・196条)
第189条(善意の占有者による果実の取得等) 1 善意の占有者は、占有物から生ずる果実を取得する。 2 善意の占有者が本権の訴えにおいて敗訴したときは、その訴えの提起の時から悪意の占有者とみなす。
重要メモ
- ・悪意とみなされるのは敗訴の時ではなく訴えの提起の時である点に注意
- ・189条1項: 善意の占有者は占有物から生ずる果実を取得する
- ・189条2項: 本権の訴えで敗訴すると、訴えの提起の時から悪意の占有者とみなされる
- ・190条1項: 悪意の占有者は果実を返還し、消費や損傷した分の代価も償還する
- ・196条: 必要費は全額、有益費は増加が現存する限度で回復者の選択により償還される
占有訴権(占有保持・占有保全・占有回収の訴え)
198条から201条簡単にいうと
所有者でなくても、占有しているという事実だけで裁判所に訴えを起こせます。3つの型があります。
占有しているだけで訴えられる
占有者は、占有が侵害された場合に、占有保持の訴え、占有保全の訴え、占有回収の訴えを裁判所に提起できます。これらをまとめて占有訴権といいます。
本権にもとづく訴えとは別の制度なので、所有者でなくても占有さえしていれば使えます。逆に、占有を侵害された者が所有者であった場合には、占有訴権のほかに所有権にもとづく返還請求権なども行使できます。
占有保持の訴え(198条)
占有を妨害されているときに、妨害の停止と損害の賠償を請求する訴えです。自分が占有する建物を不法に占拠されたときに、出ていけと求める場面が当たります。
妨害が続いている間、または妨害が消滅した後1年以内に提起しなければなりません(201条1項)。
占有保全の訴え(199条)
占有を妨害されるおそれがあるときに、妨害の予防または損害賠償の担保を請求する訴えです。まだ侵害されていない段階で使える点が保持の訴えとの違いです。
妨害の危険が存在する間に提起します(201条2項)。
占有回収の訴え(200条)
占有を奪われたときに、物の返還と損害の賠償を請求する訴えです。占有する時計を奪われたときに、返せと求める場面です。
占有を奪われた時から1年以内に提起しなければなりません(201条3項)。
占有回収の訴えの2つの制限
第1に、ここでいう「奪われた」には、だまし取られた場合や遺失した場合が含まれません。自分の意思が介在しているため、実力で奪われた場合と同じには扱わないからです。だまし取られたのであれば、詐欺取消しなど別の手段によることになります。
第2に、占有を奪った者から善意で占有を承継した者に対しては、占有回収の訴えを提起できません(200条2項)。事情を知らずに譲り受けた人まで巻き込むのは行き過ぎだからです。悪意の承継人に対しては提起できます。
間違えやすいところ
過去問では、賃借人が引渡しを受ける前からすでに第三者が土地を占拠していた事案で「占有回収の訴えができる」と出題され、誤りとされました。まだ占有を得ていない以上、占有を奪われたとはいえないからです。
具体例
Aが占有する建物をBが不法に占拠した場合、Aは占有保持の訴えによって退去を求められます。Aが所有者でなく借主であっても提起できます。また、Aが持っている時計をBが奪った場合は、Aは占有を奪われた時から1年以内に占有回収の訴えを起こせます。ただしBがその時計を事情を知らないCに売っていた場合、AはCに対して占有回収の訴えを提起することはできません。

占有訴権の体系
ポイント整理
- ・占有保持の訴え: 占有の妨害が現に存在すること(198条)
- ・占有保全の訴え: 占有を妨害されるおそれがあること(199条)
- ・占有回収の訴え: 占有を奪われたこと。だまし取られた場合や遺失は含まれません(200条)
- ・占有回収の訴え: 占有を奪われた時から1年以内であること(201条3項)
効果
- ・占有保持の訴えにより、妨害の停止と損害賠償を請求できます
- ・占有保全の訴えにより、妨害の予防または損害賠償の担保を請求できます
- ・占有回収の訴えにより、物の返還と損害賠償を請求できます
- ・占有を奪った者から善意で承継した者には、占有回収の訴えを提起できません(200条2項)
条文(198条から201条)
第198条(占有保持の訴え)占有者がその占有を妨害されたときは、占有保持の訴えにより、その妨害の停止及び損害の賠償を請求することができる。 第199条(占有保全の訴え)占有者がその占有を妨害されるおそれがあるときは、占有保全の訴えにより、その妨害の予防又は損害賠償の担保を請求することができる。 第200条(占有回収の訴え)占有者がその占有を奪われたときは、占有回収の訴えにより、その物の返還及び損害の賠償を請求することができる。②占有回収の訴えは、占有を侵奪した者の特定承継人に対して提起することができない。ただし、その承継人が侵奪の事実を知っていたときは、この限りでない。 第201条(占有の訴えの提起期間)占有保持の訴えは、妨害の存する間又はその消滅した後一年以内に提起しなければならない。(中略)③占有回収の訴えは、占有を奪われた時から一年以内に提起しなければならない。
重要メモ
- ・だまし取られた場合や遺失は「奪われた」に含まれない点に注意
- ・占有保持の訴え(198条)は妨害の停止、占有保全の訴え(199条)は妨害の予防を求める
- ・占有回収の訴え(200条)は占有を奪われた時から1年以内に提起する(201条3項)
- ・占有を奪った者から善意で承継した者には提起できない(200条2項)。悪意なら提起できる
- ・引渡しを受ける前から第三者が占拠していた場合、占有を奪われたとはいえない
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