第6節 無効・取消し
第1章 総則
法律行為は原則として有効ですが、一定の事由がある場合は無効または取消しとなります。この節では、無効と取消しの効果の違い、取消権者・追認権者の範囲、そして無効・取消し後の原状回復義務(121条の2)を学びます。特に原状回復義務は令和2年施行の改正民法で新設された条文であり、試験での出題が増加しています。
無効
90条・119条簡単にいうと
無効な契約は、最初から効力が生じていません。ただし誰が誰に対して無効を主張できるかは、いつも同じではありません。
無効とは
法律行為が無効である場合、その効果は最初から生じていません。取消しのように「いったん有効に成立したものを後からなかったことにする」のとは違い、はじめから何も起きていない状態です。
そのため、無効を主張するための特別な行為は要りませんし、行使できる期間の制限もありません。
原則は絶対的無効
無効は、誰でも主張することができ、誰に対しても主張することができるのが原則です。これを絶対的無効といいます。
典型例は公序良俗に反する法律行為です(90条)。賭博の負け金を支払う約束のように、社会的に許されない内容の契約は、当事者以外の者からでも無効を主張できます。
例外は相対的無効
これに対し、主張できる者や主張できる相手方に制限がかかる場合があります。これを相対的無効といいます。
意思無能力による無効(3条の2)は、保護される表意者の側からしか主張できないと解されています。判断能力がなかった人を守るための規定なのに、相手方から無効を持ち出せるのでは筋が通らないからです。
心裡留保(93条)と虚偽表示(94条)による無効は、善意の第三者に対して主張することができません。うそをついた側の落ち度が大きいため、何も知らずに取引に入った第三者が優先されます。
無効な行為を追認したら
無効な行為は、追認しても有効になりません。ただし、当事者がその行為が無効であることを知って追認したときは、新たに同じ内容の行為をしたものとみなされます(119条但書)。
遡って有効になるのではなく、追認の時点で新しい契約をしたことになる、という点が取消しの追認との違いです。
具体例
AがBに対し、賭博の負け金100万円を支払う約束をしたとします。この約束は公序良俗に反するため無効であり、誰からでも無効を主張できます。これに対し、重い認知症で意思能力を欠くAがBに自宅を売った場合の無効は、Aの側から主張するもので、Bの側から持ち出すことはできないと解されています。
ポイント整理
- ・絶対的無効: 公序良俗違反(90条)のように、誰からでも誰に対しても主張できる場合
- ・相対的無効: 主張できる者や相手方に制限がある場合
- ・119条但書の追認: 当事者がその行為の無効であることを知って追認したこと
効果
- ・法律行為の効果は最初から生じていません
- ・原則として誰でも、誰に対しても無効を主張できます
- ・意思無能力による無効は表意者の側からのみ主張できると解されています
- ・心裡留保・虚偽表示による無効は善意の第三者に対抗できません
- ・無効を知って追認したときは、新たな行為をしたものとみなされます(119条但書)
条文(90条・119条)
第119条(無効な行為の追認)無効な行為は、追認によっても、その効力を生じない。ただし、当事者がその行為の無効であることを知って追認をしたときは、新たな行為をしたものとみなす。
重要メモ
- ・原則は誰でも誰に対しても主張できるが、例外がある点に注意
- ・絶対的無効の例は公序良俗違反(90条)
- ・意思無能力による無効(3条の2)は表意者の側からのみ主張できる
- ・心裡留保(93条)・虚偽表示(94条)による無効は善意の第三者に対抗できない
- ・無効を知って追認したときは新たな行為をしたものとみなされる(119条但書)。遡って有効になるのではない
取消しの効果・取消権利者
120条・121条簡単にいうと
取消しは、いったん有効に成立した意思表示を最初からなかったことにする制度です。誰が取り消せるかは条文で決まっています。
取消しとは
取消しとは、いったん有効に成立した意思表示を、最初からなかったことにする制度です(121条)。
無効との違いは出発点にあります。無効ははじめから効力が生じていませんが、取消しでは取り消されるまでは有効な契約として扱われます。取り消して初めて、契約の時に遡って効力が消えます。これを遡及効といいます。
裏を返せば、取り消さなければ有効なままです。だまされた側が契約を維持したいのであれば、そのままにしておくこともできます。
制限行為能力による取消しの取消権者
取り消せる者は条文で決まっています。制限行為能力を理由とする取消しでは、次の4者です(120条1項)。
制限行為能力者本人。その代理人。その承継人、つまり相続人などです。そして同意をすることができる者、具体的には保佐人や同意権付与の審判を受けた補助人です。
本人が入っている点は誤りの選択肢としてよく使われます。成年被後見人であっても、制限行為能力者である間に自分がした法律行為を取り消すことができます。後見開始の審判が取り消されるまで待つ必要はありません。
瑕疵ある意思表示による取消しの取消権者
錯誤・詐欺・強迫を理由とする取消しでは、次の3者です(120条2項)。
瑕疵ある意思表示をした者。その代理人。その承継人です。同意をすることができる者は登場しません。制限行為能力の場合と並べて、4者と3者の違いで覚えると整理しやすくなります。
具体例
成年被後見人Aが、成年後見人Bの関与なく自宅の土地をCに売ったとします。この売買はBからもAからも取り消すことができます(120条1項)。Aが後見開始の審判を取り消されるまで自分では取り消せない、というわけではありません。これに対し、Aが詐欺にあって土地を売った場合に取り消せるのは、A本人、その代理人、その承継人の3者です(120条2項)。

取消しの効果・取消権利者
ポイント整理
- ・制限行為能力による取消し: 本人、その代理人、その承継人、同意をすることができる者(120条1項)
- ・錯誤・詐欺・強迫による取消し: 瑕疵ある意思表示をした者、その代理人、その承継人(120条2項)
効果
- ・取り消されるまでは有効な契約として扱われます
- ・取り消すと契約の時に遡って無効になります(121条)
- ・取り消さなければ有効なままで、契約を維持することもできます
条文(120条・121条)
第121条(取消しの効果)取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。
重要メモ
- ・制限行為能力者本人も取消権者に含まれる点に注意
- ・121条: 取り消された行為は初めから無効であったものとみなされる
- ・取り消されるまでは有効。取り消さずに契約を維持することもできる
- ・120条1項の取消権者は、本人、代理人、承継人、同意をすることができる者の4者
- ・120条2項の取消権者は、瑕疵ある意思表示をした者、代理人、承継人の3者
取消すことができる行為の追認
122条・124条・125条簡単にいうと
追認とは、取り消すことができる行為を取り消さないと決めることです。いつからできるのか、何をすると追認したことになるのかが問われます。
追認とは
追認とは、取り消すことができる行為を、取り消さないことに確定させる行為です(122条)。追認をすると、以後その行為を取り消すことはできなくなります。
追認をすることができるのは、取消権者と同じ範囲の者です(122条)。取り消せる人が「取り消さない」と決めるのだから、当然といえます。
いつから追認できるか
追認はいつでもできるわけではありません。2つの条件がそろって初めて効力を生じます(124条1項)。
第1に、取消しの原因となっていた状況が消滅していることです。だまされたまま、脅されたまま、未成年のままでは、正しい判断ができないからです。詐欺であれば、だまされていたと気づいた後でなければなりません。
第2に、自分に取消権があることを知った後であることです。取り消せると知らずにした承認には、取消権を手放す意思が認められません。
未成年者であれば、成年に達し、かつ取消権があることを知った後でなければ追認できません。
法定追認
はっきり「追認します」と言わなくても、追認したものとみなされる場合があります。これを法定追認といいます(125条)。
追認をすることができる時以後に、次のような行為をしたときです。全部または一部の履行、履行の請求、更改、担保の供与、取り消すことができる行為によって取得した権利の全部または一部の譲渡、そして強制執行です。ただし異議をとどめたときは別です。
たとえば、詐欺によって土地を売ってしまった者が、だまされたと気づいた後で相手方に土地を引き渡した場合、履行にあたるので追認したものとみなされます。取消権を行使するつもりなら、引き渡してはいけないということです。
具体例
詐欺にあったAが、Bに土地を売る契約をしてしまったとします。Aがだまされたと気づき、自分に取消権があると知った後で「あの契約のままで結構です」とBに伝えれば追認となり、以後は取り消せません。また、はっきり伝えていなくても、その後にAがBへ土地を引き渡してしまえば、履行にあたるため追認したものとみなされます(125条)。
ポイント整理
- ・取消しの原因となっていた状況が消滅していること(124条1項)
- ・自分に取消権があることを知った後であること(124条1項)
- ・追認できるのは取消権者と同じ範囲の者であること(122条)
効果
- ・追認をすると、以後その行為を取り消すことができなくなります(122条)
- ・要件を満たさない追認は効力を生じません(124条1項)
- ・追認をすることができる時以後に一定の行為をすると、追認したものとみなされます(125条)
条文(122条・124条・125条)
第124条第1項(追認の要件)取り消すことができる行為の追認は、取消しの原因となっていた状況が消滅し、かつ、取消権を有することを知った後にしなければ、その効力を生じない。
重要メモ
- ・追認は取消しの原因が消え、取消権を知った後でなければできない点に注意
- ・122条: 追認をすると以後は取り消せない。追認できるのは取消権者と同じ範囲の者
- ・124条1項の2要件は、取消しの原因となっていた状況の消滅と、取消権があることの認識
- ・未成年者は成年に達し、かつ取消権を知った後でなければ追認できない
- ・125条の法定追認では、履行・履行の請求・更改・担保の供与・権利の譲渡・強制執行が対象
取消権の期間制限
126条簡単にいうと
取消権はいつまでも残るものではありません。2つの期間のどちらかが過ぎれば行使できなくなります。
2つの期間
取消権は、追認をすることができる時から5年間行使しないときは、時効によって消滅します(126条前段)。また、行為の時から20年を経過したときも、取り消すことができなくなります(126条後段)。
どちらか先に満了したほうで取消権は失われます。5年と20年の両方を待つ必要はありません。
なぜ2つあるのか
5年のほうは、取り消せると分かってから動かない人をいつまでも保護しない、という趣旨です。起算点が「追認をすることができる時」なので、本人が気づいていない間は進みません。
20年のほうは、取引をいつまでも不安定なまま放置しないための上限です。起算点が行為の時なので、本人が気づいているかどうかに関係なく進みます。
起算点の意味
「追認をすることができる時」とは、取消しの原因となっていた状況が消滅し、かつ取消権を有することを知った時です(124条1項)。だまされたことに気づいていない間は5年の期間は進まない、ということになります。
2つの順序に注意
詐欺による売買を例にとります。売買から3年後にだまされたと気づいた場合、そこから5年、つまり売買から8年で取消権は消滅します。
これに対し、売買から19年経ってようやくだまされたと気づいた場合はどうでしょうか。5年を数えれば24年になりますが、20年の上限が先に来ます。したがって売買から20年で取消権は消滅します。気づくのが遅ければ、5年を使い切れないまま終わることになります。
具体例
AがBの詐欺によって土地を売ったとします。売買から3年後にAがだまされたと気づいた場合、取消権はそこから5年、売買から数えて8年で消滅します。これに対し、Aが19年経ってから気づいた場合は、残り1年しかありません。行為の時から20年という上限が先に来るからです。

取消権の期間制限
ポイント整理
- ・追認をすることができる時から5年を経過していないこと(126条前段)
- ・行為の時から20年を経過していないこと(126条後段)
- ・「追認をすることができる時」は、取消しの原因が消滅し、かつ取消権を知った時です(124条1項)
効果
- ・追認をすることができる時から5年で取消権は時効消滅します
- ・行為の時から20年を経過したときも取り消せなくなります
- ・どちらか先に満了したほうで取消権は失われます
条文(126条)
第126条(取消権の期間の制限)取消権は、追認をすることができる時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する。行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。
重要メモ
- ・5年と20年のどちらか先に満了したほうで取消権が消える点に注意
- ・126条前段: 追認をすることができる時から5年で時効消滅する
- ・126条後段: 行為の時から20年を経過したときも取り消せなくなる
- ・「追認をすることができる時」は、取消しの原因が消滅し、かつ取消権を知った時(124条1項)
- ・気づくのが遅いと、5年を使い切る前に20年の上限が来ることがある
無効・取消し後の原状回復義務
121条の2簡単にいうと
契約が無効になったり取り消されたりしたら、受け取ったものを返さなければなりません。誰がどこまで返すのかが記述式でも問われます。
原則は全額の返還
契約が無効であった場合や取り消された場合、当事者はお互いに受け取ったものを返さなければなりません(121条の2第1項)。これを原状回復義務といいます。
原則は全額です。受け取った代金を使ってしまっていたとしても、その分を差し引くことはできません。売主Bが買主Aから受け取った100万円のうち30万円を生活費に使っていたとしても、Bが返すのは100万円全額です。
例外1 無償行為で受け取った善意の者
無償行為にもとづく債務の履行として給付を受けた者は、給付を受けた当時その行為が無効であること(取消しの場合は取り消すことができるものであること)を知らなかったときは、現に利益を受けている限度で返せば足ります(121条の2第2項)。
贈与がその例です。もらう側は対価を払っていないため、全額の返還を求められると、もらう前より不利な状態になりかねません。知らずに受け取って使ってしまった分まで背負わせるのは酷だ、という判断です。
例外2 意思無能力者・制限行為能力者
行為の時に意思能力を有しなかった者、および制限行為能力者であった者は、現に利益を受けている限度で返せば足ります(121条の2第3項)。
取り消して財産を守るための制度なのに、使ってしまった分まで返させたのでは意味がなくなってしまうからです。
現存利益の判断
現存利益があるかどうかは、そのお金で何をしたかで決まります。
ギャンブルなど浪費に使った分は、手元にも残らず何の利益にもなっていないので現存利益はありません。これに対し、生活費に使った分は、本来自分の財布から出るはずだった出費が節約されているため、現存利益にあたります。金額の大小ではなく、出費が浮いたかどうかが判断の軸になります。
具体例
買主Aが売主Bに代金100万円を支払った後、錯誤を理由に売買を取り消したとします。Bが100万円のうち30万円を生活費に使っていたとしても、Bは制限行為能力者でも意思無能力者でもないので、100万円全額を返さなければなりません。これに対し、Bが未成年者であった場合は現に利益を受けている限度で足ります。ただし30万円を生活費に使っていたのであれば出費が節約されているため、やはり100万円全額を返すことになります。

無効・取消し後の原状回復義務
ポイント整理
- ・原則: 無効または取消しにより、受け取った給付を返還すること(121条の2第1項)
- ・例外1: 無償行為で給付を受け、当時その行為が無効または取消可能であることを知らなかったこと(121条の2第2項)
- ・例外2: 行為の時に意思能力を有しなかった者、または制限行為能力者であったこと(121条の2第3項)
効果
- ・原則として受け取った給付を全額返還します
- ・例外にあたる場合は現に利益を受けている限度で返還すれば足ります
- ・浪費に使った分には現存利益がありません
- ・生活費に使った分は出費が節約されているため現存利益にあたります
条文(121条の2)
第121条の2第1項(原状回復の義務)無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。
重要メモ
- ・原則は全額返還で、現存利益にとどまるのは例外である点に注意
- ・121条の2第1項: 給付を受けた者は相手方を原状に復させる義務を負う
- ・121条の2第2項: 無償行為で受け取り、無効または取消可能であることを知らなかった者は現存利益の返還でよい
- ・121条の2第3項: 意思無能力者と制限行為能力者は現存利益の返還でよい
- ・浪費に使った分は現存利益がなく、生活費に使った分は出費が節約されているため現存利益にあたる
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