第3節 行政指導
第2章 行政手続法
行政指導は、行政機関が相手方に一定の行為を促すために行う非権力的な作用です。法的拘束力はなく、相手方に従う法的義務もありませんが、実務上広く用いられており、日本の行政運営において重要な役割を果たしてきました。本節では、行政指導の定義(2条6号)、基本ルール(一般原則・32条、申請に関連する行政指導・33条、許認可等の権限に関連する行政指導・34条、方式・35条)、複数の者を対象とする行政指導(36条)、行政指導の中止等の求め(36条の2)、そして処分等の求め(36条の3)について学びます。
行政指導とは
簡単にいうと
簡単にいうと、行政指導(行手法2条6号)とは、行政機関が「こうしてください」とお願いする非権力的な行為であり、相手方に従う法的義務はなく、強制力もありません。①任意性が本質、②処分ではないため原則として取消訴訟の対象外、③行政手続法第4章(32条〜36条の3)の規律を受ける、の3点が核心です。
行政指導とは、行政機関がその任務または所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため、特定の者に一定の作為または不作為を求める指導・勧告・助言その他の行為であって、処分に該当しないものをいいます(2条6号)。
■ 行政指導の特徴
① 任意性が本質 行政指導は相手方の任意の協力によって成立するものであり、行政行為のような強制力はありません。相手方が行政指導に従わなかったとしても、そのことを理由として法律上の不利益を課すことはできません。
② 処分性がない 行政指導は行政行為(処分)ではないため、原則として取消訴訟(抗告訴訟)の対象となる「処分」には該当しません(処分性なし)。ただし、判例によって例外的に処分性が認められる場合があります(医院開設中止の勧告など)。
③ 行政手続法の適用がある 処分ではありませんが、行政手続法第4章(行政指導の手続)の規律を受けます(32条〜36条の3)。
■ 定義の要件
行政指導として認められるためには、以下の要件をすべて満たす必要があります。 ・行政機関の任務または所掌事務の範囲内であること ・一定の行政目的の実現を目指すものであること ・特定の者に一定の行為を求めるものであること ・処分に該当しないこと
強制力を持たず、相手方が従わなくても直ちに不利益な取扱いをしてはならないのが基本原則です。
具体例
建設会社が基準を満たした建物を建てようとしているのに、行政が「もう少し高さを低くしてください」と指導する場合。相手方はこの指導に従う義務はなく、従わなかったことを理由に建築確認を拒否したりしてはなりません。
ポイント整理
- ・行政機関の任務または所掌事務の範囲内であること
- ・一定の行政目的の実現を目指すものであること
- ・特定の者に一定の行為を求めるものであること
- ・処分に該当しないこと
効果
- ・強制力を持たない(任意の協力が前提)
- ・従わなくても直ちに不利益な取扱いをしてはならない
重要メモ
- ・「処分ではない・任意の協力を求めるもの・従わなくても法的不利益なし」が行政指導の本質(行手法2条6号)
- ・行政指導の定義:行政機関がその任務・所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため、特定の者に一定の作為・不作為を求める指導・勧告・助言その他の行為で処分に該当しないもの(2条6号)
- ・行政指導は「処分」ではないため、原則として取消訴訟の対象とならない(処分性なし)——ただし、行政指導に処分性が認められる例外的判例(医療法の病院開設中止勧告:最判平17.7.15)も存在する
- ・行政指導は任意性が本質——相手方が従わなくても法律上の不利益を課すことはできない
- ・不服従を理由とした不利益取扱い禁止(32条2項)は行政指導の任意性を担保する規定
- ・行政手続法第4章(32〜36条の3)が行政指導の手続を規律する
- ・行政指導の主体は「行政機関」——行政庁に限らず、行政機関全般が含まれる点に注意
行政指導の一般原則(32条)・申請に関する行政指導(33条)
簡単にいうと
簡単にいうと、行政指導の基本ルールは「任意性の原則(32条1項)」「不利益取扱い禁止(32条2項)」「申請者が明確に拒否したら継続禁止(33条)」の3つです。従わないことを理由に申請処理を止めるのは違法であり、品川マンション事件が33条の立法根拠となりました。
■ 行政指導の一般原則(32条)
行政指導の基本ルールとして、以下の2つの原則が定められています。
① 任務逸脱禁止(32条1項) 行政指導に携わる者は、行政機関の任務または所掌事務の範囲を逸脱してはなりません。
② 不利益取扱い禁止(32条2項) 行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはなりません。これは努力義務ではなく法的義務です。
■ 申請に関する行政指導(33条)
申請の取下げや内容変更を求める行政指導について、申請者が従わない意思をはっきり表明した場合には、当該行政指導を継続することで申請者の権利行使を妨げることをしてはなりません(33条)。
【品川マンション事件(最判昭60.7.16)】 申請者が真摯かつ明確に不協力の意思を表明した後も建築確認処分を留保し続けることは、特段の事情がない限り違法とされました。行政手続法33条はこの判例の趣旨を明文化したものです。
具体例として、マンション建設の建築確認申請を出したAさんに対し、行政が「もう少し高さを下げてほしい」と指導したとします。Aさんが「指導には従わない」と明示した場合、行政は「指導に従わないから確認申請を受け付けない」などと対応することは32条・33条違反となります。
具体例
マンション建設の建築確認申請を出したAさんに対し、行政が「もう少し高さを下げてほしい」と指導したが、Aさんが「指導に従わない」と明示した。この場合、行政は「指導に従わないから確認申請を受け付けない」などと対応することは32条・33条違反です。
ポイント整理
- ・任務の範囲を逸脱しないこと(32条1項)
- ・従わなかったことを理由に不利益取扱い禁止(32条2項)
- ・申請者が意思のない旨を表明した場合は行政指導継続・権利行使妨害禁止(33条)
重要メモ
- ・「任務逸脱禁止(32条1項)・不利益取扱禁止(32条2項)」と「申請者の明確拒否後は継続禁止(33条)」の3原則
- ・任務逸脱禁止:行政指導に携わる者は行政機関の任務・所掌事務の範囲を逸脱してはならない(32条1項)
- ・不利益取扱禁止:行政指導に従わなかったことを理由とした不利益取扱い禁止(32条2項)——努力義務ではなく法的義務
- ・申請者が行政指導に従わない旨を明確に表明した場合、行政は当該行政指導を継続することで申請者を不当に困難な状況に置いてはならない(33条)
- ・申請者が従わない旨を表明しても申請の取下げとみなすことはできない(33条)——品川マンション事件の判旨を明文化
- ・品川マンション事件(最判昭60.7.16):申請者が不服従を明確表明した後の建築確認留保は違法——33条の立法根拠となった判例
- ・33条の対象は「申請の取下げまたは内容の変更を求める行政指導」に限られる——是正を求める行政指導(36条の2の対象)とは区別する
許認可等の権限に関連する行政指導(34条)・行政指導の方式(35条)
簡単にいうと
簡単にいうと、許認可権限をちらつかせて事実上の強制を行うことは禁止です(34条)。また、行政指導をするときはその趣旨・内容・責任者を明確に示さなければならず(35条1項)、相手方から書面交付を求められたら原則として交付義務があります(35条2項)。
■ 許認可権限に関連する行政指導(34条)
行政庁は、許認可等の権限を背景に行政指導をする場合、実際にはその権限を行使する意思がないか、または行使できないにもかかわらず、「権限を行使できる」という印象を与えて相手方に行政指導へ従わせることをしてはなりません(34条)。
行政指導には本来強制力がありませんが、許認可権限を背景にした圧力によって事実上の強制が行われることを防ぐための規定です。行政が「この指導に従わないと許可を出さないぞ」という姿勢を示して事業者に圧力をかけることは34条違反です。
■ 行政指導の方式(35条)
行政指導に携わる者は、その相手方に対し、当該行政指導の趣旨・内容・責任者を明確に示さなければなりません(35条1項)。
書面交付については、相手方から書面の交付を求められた場合は、行政上特別の支障がない限り書面を交付しなければなりません(35条2項)。書面には行政指導の趣旨・内容・責任者を記載します。
ただし、その場で完了するような軽微な行政指導(口頭で完了するもの)については、書面交付義務はありません(35条3項)。行政指導をするときは「何のために・どんな内容を・誰の責任で」指導しているかを明示しなければなりません(35条)。
具体例
行政が「この指導に従わないと許可を出さないぞ」という姿勢を示して事業者に圧力をかけるのは34条違反です。また行政指導をするときは「何のために・どんな内容を・誰の責任で」指導しているかを明示しなければなりません(35条)。
ポイント整理
- ・許認可権限行使できる旨を示して従わせる行為の禁止(34条)
- ・行政指導の趣旨・内容・責任者を明確に示すこと(35条1項)
- ・口頭での行政指導:相手方から書面交付を求められた場合は交付しなければならない(行政上特別の支障がない限り)(35条2項)
重要メモ
- ・「許認可権限のちらつかせ禁止(34条)——権限行使できない・する意思がない場合は明示義務」「趣旨・内容・責任者の明示義務・書面交付は求めがあれば義務(35条)」
- ・許認可権限のちらつかせ禁止(34条):行政機関が許認可等の権限を背景に行政指導をする場合、①権限を行使できない場合または②行使する意思がない場合は、その旨を相手方に明示しなければならない
- ・34条は権限行使できる旨を示して従わせる行為を禁止するのではなく、実際には行使できない・する意思がないにもかかわらず権限を背景に指導する行為を禁止する点に注意
- ・行政指導の方式(35条1項):行政指導に携わる者はその相手方に対し、当該行政指導の趣旨・内容・責任者を明確に示す義務がある
- ・書面交付の義務(35条2項):相手方から書面の交付を求められた場合は、行政上支障がない限り書面を交付しなければならない
- ・書面交付の例外:その場で完了するような行政指導については書面交付義務なし(35条3項)——口頭で完了する軽微な指導が対象
- ・書面の記載事項:行政指導の趣旨・内容・責任者(35条2項各号)
複数の者に対する行政指導(36条)・行政指導指針
簡単にいうと
簡単にいうと、同じ内容の行政指導を多数の者に対して行う場合は、あらかじめ「行政指導指針」を定めて公表しなければなりません(36条)。行政指導指針は「命令等」(2条8号ニ)に含まれるため、意見公募手続(パブリックコメント)の対象にもなります。
■ 複数の者に対する行政指導(36条)
同一の行政目的を実現するため、一定の条件に該当する複数の者に対して行政指導をしようとする場合には、行政機関はあらかじめ行政指導指針を定め、かつ行政上特別の支障がある場合を除き、これを公表しなければなりません(36条)。行政指導指針の設定は法的義務、公表も法的義務(特別の支障がある場合を除く)です。
重要な整理として、処分基準(設定・公表:努力義務)と行政指導指針(設定・公表:努力義務)は同格であり、審査基準(設定・公表:義務)とは区別して覚えましょう。
■ 行政指導指針と命令等
行政指導指針は「命令等」(2条8号ニ)に含まれるため、行政手続法38条以下の意見公募手続(パブリックコメント)の対象となります。
具体例として、経済産業省がガソリン価格の高騰を抑えるために各石油会社に行政指導をしようとする場合、指導内容が会社によってバラバラだと不公平になります。そこであらかじめ「行政指導指針」を定めて公表しておく必要があります。
具体例
経済産業省がガソリン価格の高騰を抑えるために各石油会社に行政指導をしようとする場合、指導内容が会社によってバラバラだと不公平になります。そこであらかじめ「行政指導指針」を定め公表しておく必要があります。
ポイント整理
- ・行政指導指針を定めること:法的義務
- ・行政指導指針を公にすること:法的義務(行政上特別の支障がある場合を除く)
重要メモ
- ・「行政指導指針の設定・公表はともに努力義務(審査基準・弁明機会の設定が義務である点と対比)」(36条)——OCR確認済み
- ・同一の行政目的のために一定の条件に該当する複数の者に対し行政指導をしようとするときは、行政指導指針を定め、これを公にするよう努めなければならない(36条)——設定・公表ともに努力義務
- ・重要:処分基準(設定・公表:努力義務)と行政指導指針(設定・公表:努力義務)は同格——審査基準(設定・公表:義務)と混同しないこと
- ・整理:審査基準(設定:義務・公表:義務)>処分基準(設定:努力義務・公表:努力義務)=行政指導指針(設定:努力義務・公表:努力義務)
- ・行政指導指針を定める趣旨:同一内容の行政指導を複数の事業者に対して行う場合に、指導内容の統一性・公平性を確保するため
- ・行政指導指針は命令等(38条以下のパブリックコメント手続の対象)にも含まれる点に注意
行政指導の中止の求め(36条の2)・処分等の求め(36条の3)
簡単にいうと
簡単にいうと、「この行政指導は法律の要件に合っていない」と思う場合は相手方が書面で中止を求めることができ(36条の2)、「法令違反がある」と思えば誰でも書面で処分や行政指導をするよう求めることができます(36条の3)。申出者の範囲(相手方のみ vs 何人でも)と対象(法律に基づく指導のみ vs 法令違反の事実)の違いが頻出ポイントです。
■ 行政指導の中止の求め(36条の2)
法令に違反する行為の是正を求める行政指導(その根拠となる規定が法律に置かれているもの)の相手方は、当該行政指導が法律の要件に適合しないと思うときは、行政庁に対して当該行政指導の中止を書面で求めることができます(36条の2)。
重要なポイントとして、申出できるのは行政指導の「相手方のみ」であり、誰でも申し出られるわけではありません。また、対象となるのは根拠が「法律」に置かれている行政指導に限られ、条例に基づく行政指導は対象外です。申出は書面によらなければなりません。
■ 処分等の求め(36条の3)
何人も、法令違反の事実がある場合において、その是正のための処分または行政指導をするよう書面で求めることができます(36条の3)。
36条の2との最大の違いは、申出者が「何人でも」(第三者を含む誰でも)である点です。法令違反の事実があれば申し出ることができ、申出を受けた機関は必要な調査を行い、その結果に基づき必要な処分または行政指導をしなければなりません(36条の3第3項)。
■ 36条の2と36条の3の比較
・申出者:36条の2は「相手方のみ」、36条の3は「何人でも」 ・対象:36条の2は「法律に根拠のある行政指導」のみ、36条の3は「法令違反の事実がある場合」 ・申出方法:いずれも書面による ・内容:36条の2は「行政指導の中止を求める」、36条の3は「処分または行政指導をするよう求める」
具体例
工場への行政指導を受けたAさんが「この指導は法律の根拠がない」と考えた場合、36条の2に基づき書面で中止を求めることができます。一方、近隣住民Bさんが「あの工場は廃棄物処理法に違反している」と考えた場合、36条の3に基づき書面で処分または行政指導をするよう求めることができます。
ポイント整理
- ・36条の2(中止の求め):①法律に根拠のある行政指導の相手方のみ、②法律の要件に適合しないと思うとき、③書面で申出
- ・36条の3(処分等の求め):①何人でも可、②法令に違反する事実がある場合、③書面で申出
重要メモ
- ・「中止の求め=相手方のみ・法律に基づく行政指導のみ・書面で申出」「処分等の求め=誰でも・法令違反の事実があれば・書面で申出」という対比が頻出
- ・行政指導の中止の求め(36条の2):行政指導の相手方のみが申し出ることができる——誰でも申し出られるわけではない
- ・中止の求めの対象:法律に根拠のある行政指導のみ(条例に基づく行政指導は対象外)——根拠法令が条例の場合は36条の2は適用されない
- ・中止の求めは書面によらなければならない(36条の2第1項)——口頭では不可
- ・中止の求めを受けた行政機関は、その行政指導が法律の要件に適合しないと認めるときは、中止その他必要な措置をとらなければならない(36条の2第2項)
- ・処分等の求め(36条の3):何人も(誰でも)申し出ることができる——相手方に限定されない
- ・処分等の求めも書面によらなければならず、申出を受けた機関は必要な調査を行い、その結果に基づき必要な処分または行政指導をしなければならない(36条の3第3項)
- ・対比整理:中止の求め(36条の2)は行政指導の相手方のみ・法律根拠の指導のみ/処分等の求め(36条の3)は何人でも・法令違反の事実があれば
まとめ
関連判例
品川マンション事件
最判昭60.07.16品川区内でマンション建築確認申請がなされたが、区が周辺住民との紛争解決のため建築主に工事自粛の行政指導を行い、行政指導に従わないことを理由に建築確認の処理を留保し続けたことの違法性が争われた事件。最高裁(最判昭60.7.16)は、行政指導に対する相手方の不協力が社会通念上正義の観念に反するといえるような特段の事情がない限り、行政指導を理由に確認処分を留保することは違法であるとした。試験では、行政指導の任意性と申請処理留保の違法性の判断基準(「特段の事情」の有無)が問われる。
病院開設中止勧告の処分性
最判平17.7.15医療法に基づき知事が病院開設の中止を勧告したところ、勧告に従わなければ保険医療機関の指定を受けられないという不利益が事実上生じるため、この勧告に処分性が認められるかが争われた事件。最高裁(最判平17.7.15)は、勧告に従わない場合に保険医療機関の指定拒否という重大な不利益が生じることから、この勧告には処分性が認められるとした。試験では、行政指導が形式的には処分に該当しなくても、実質的効果により処分性が認められる場合があることが問われる。
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不可争力
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期限
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