第9節 行政指導
第1章 総論
行政指導は、法的強制力を持たない任意の行政作用として、現代行政において広く活用されています。しかし、事実上の強制や権利侵害の問題も生じるため、その法的性質と限界を正確に理解することが重要です。行政手続法による規律と裁判例を通じて、行政指導の適法性判断の枠組みを学びます。
行政指導とは
簡単にいうと
行政指導とは行政からのお願いやアドバイスです。従わなくても法律上の不利益を受けないのが原則ですが、不服従を理由に不利益を与えることは禁止されています(行政手続法32条)。
行政指導とは、行政機関がその任務または所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため、特定の者に一定の作為または不作為を求める指導・勧告・助言その他の行為であって、処分に該当しないものをいいます(行政手続法2条6号)。
行政指導の特徴
① 任意性が本質 行政指導は相手方の任意の協力によって成立するものであり、行政行為のような強制力はありません。相手方が行政指導に従わなかったとしても、そのことを理由として法律上の不利益を課すことはできません。
② 処分性がない 行政指導は行政行為(処分)ではないため、原則として取消訴訟(抗告訴訟)の対象となる「処分」には該当しません(処分性なし)。ただし、判例によって例外的に処分性が認められる場合があります(医院開設中止の勧告など)。
③ 行政手続法の適用がある 処分ではありませんが、行政手続法第4章(行政指導の手続)の規律を受けます(32条〜36条の3)。
行政指導の一般原則(行政手続法32条)
行政手続法32条は行政指導の一般原則として以下の2点を定めています。
①行政指導に携わる者は、当該行政機関の任務または所掌事務の範囲を逸脱してはならない(権限踰越の禁止)。
②行政指導に従わないことを理由として、不利益な取扱いをしてはならない(不利益取扱いの禁止)。これは行政指導の任意性を担保する重要な原則です。
申請関連の行政指導(行政手続法33条)
申請の取下げまたは内容の変更を求める行政指導については、申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を明確に表明した場合は、行政指導を継続することで申請者が不利益を受けることがないようにしなければならない(33条)。品川マンション事件判決の趣旨を明文化したものです。
書面交付の求め(行政手続法35条)
行政指導に際し、その相手方から趣旨・内容・責任者を明確にした書面の交付を求められた場合は、原則として交付しなければならない(35条3項)。
具体例
建築確認申請を提出した事業者Aに対して、行政庁が「周辺住民との協議を行うよう」行政指導をした場合を考えましょう。Aがこの行政指導に従わなくても、法的には建築確認の審査を進めなければなりません。もしAが「これ以上行政指導には従いません」と明確に表明した場合は、行政庁はその後も継続して行政指導を行い、建築確認申請の処理を留保し続けることは違法となります(行政手続法33条・品川マンション事件)。

行政指導のイメージ(任意の協力を求める働きかけ)
重要メモ
- ・「強制力なし・任意協力が本質。行政手続法32条で不利益取扱い禁止、33条で申請者の明確拒否後の継続禁止、34条で権限背景の行政指導には権限行使可否の明示義務、35条で書面交付義務」がポイント
- ・行政指導の定義(行政手続法2条6号):行政機関が任務・所掌事務の範囲内で一定の行政目的を実現するため、特定の者に一定の作為・不作為を求める指導・勧告・助言その他の行為で、処分に該当しないもの
- ・行政指導は相手方の任意の協力を求めるもの。従わなくても法律上の不利益を受けない(強制力なし)
- ・行政指導の一般原則(行政手続法32条):①当該行政機関の任務・所掌事務の範囲を逸脱してはならない(権限踰越の禁止)、②行政指導に従わないことを理由として不利益な取扱いをしてはならない(不利益取扱いの禁止)
- ・申請関連の行政指導(行政手続法33条):申請者が行政指導に従う意思がない旨を明確に表明した場合、行政指導を継続することで申請者が不当に困難な状況に置かれないようにしなければならない(品川マンション事件判旨の明文化)
- ・許認可等の権限行使に関連した行政指導(行政手続法34条):許認可等の権限を背景に行政指導をする場合、当該権限を行使できない場合または行使する意思がない場合は、その旨を明示しなければならない
- ・書面交付の求め(行政手続法35条):行政指導の相手方から趣旨・内容・責任者を記載した書面の交付を求められた場合は、原則として交付しなければならない。ただし、その場で完了するような行政指導については交付不要
- ・複数者に対する行政指導(行政手続法36条):同一内容の行政指導を複数者に対して行う場合は、行政指導指針を定め、公表するよう努めなければならない(努力義務)
- ・行政指導の中止等の求め(行政手続法36条の2):法令違反行為の是正を求める行政指導を受けた者は、行政指導が法律の要件を満たさない旨を申し出て、行政指導の中止等を求めることができる
- ・行政指導は原則として取消訴訟の対象となる「処分」には該当しない(処分性なし)。ただし例外あり(医院開設中止の勧告など)
- ・行政手続法の適用除外(3条):国会・裁判所が行う行政指導、条約に基づく行政指導、外国人の出入国・難民認定に関する行政指導、地方公共団体の機関が行う行政指導(条例・規則が適用される)には行政手続法は適用されない
行政指導に関する判例
簡単にいうと
判例は2つです。品川マンション事件は、いつから違法になるのかという線引きが問われます。
行政指導に関する判例は2つです。
品川マンション事件(最判昭60.7.16)
マンションの建築確認を申請した者が、反対派の住民との紛争を解決するよう行政指導を受けたが、最終的に指導に従わない判断をしたところ、行政指導が継続されているとして建築確認が留保された、という事案です。
結論は2段構えになっています。
- ・行政指導に任意に従っているうちは、行政庁が建築確認の留保を続けることが違法とはされない
- ・しかし、業者が行政指導にはもはや協力できないとの意思を表明している場合に、建築確認の留保を続けることは違法である
「留保はすべて違法」と覚えると誤ります。相手方が協力している間は違法になりません。協力できないという意思表明があった時点から違法になる、という線引きです。
行政指導は強制力を伴うものであってはなりません。このケースだと、行政指導に従わなければ建築確認が下りないことになってしまうので違法と判断されました。
行政手続法33条(申請に関連する行政指導)は、この判例の趣旨を明文化したものです。
病院開設中止の勧告(最判平17.7.15)
一般的に行政指導は抗告訴訟(取消訴訟)の対象となるものではありませんが、医療法に基づく病院開設中止勧告は、抗告訴訟の対象となるとした判例です。
勧告に従わずに病院を開設すると保険医療機関の指定を受けられなくなるという、重大な事実上の不利益が生じる仕組みがあるためです。
過去問では「医療法の規定に基づき都道府県知事が行う病院開設中止の勧告は、行政処分に該当しない」という記述が出題され、誤りとされました。行政処分に該当します。
この判例は行政事件訴訟法の処分性のところで詳しく扱います。
具体例
AがB市の行政指導に協力しているうちは建築確認の留保は違法になりませんが、Aが協力できないと表明したあとも留保を続ければ違法になります。
重要メモ
- ・行政指導に任意に従っている間は、建築確認の留保を続けても違法とはされない(最判昭60.7.16)
- ・協力できないとの意思を表明した後も留保を続けることは違法になる
- ・留保がすべて違法になるわけではない。意思表明の前後で結論が分かれる
- ・医療法に基づく病院開設中止勧告は抗告訴訟の対象となる(最判平17.7.15、12-18-1 ×)
- ・行政手続法33条は品川マンション事件の趣旨を明文化したもの
まとめ
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行政法の重要用語
不可争力
行政行為に対して不服申立てができる期間が過ぎると、私人の側からはもう争えなくなる効力のこと。
期限
行政行為の効力の発生または消滅を、将来確実に到来する事実にかからせる附款のこと。
公用制限
公共目的のために私人の財産権に制限を加えるが、所有権自体は残したままにする行政作用のこと。
行政不服審査法
行政庁の処分や不作為に対して、国民が簡易・迅速に不服を申し立てるための手続を定めた法律のこと。
行政罰
行政上の義務違反に対して制裁として科される罰のこと。刑事罰である行政刑罰と、金銭罰である秩序罰の2種類がある。
法律行為的行政行為
行政庁の意思表示によって法律効果を発生させる行政行為のこと。許可や認可など、意思の内容どおりに効果が生じる点が特徴。
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