第7節 行政調査
第1章 総論
行政機関は、許認可や課税、規制などの権限を適切に行使するため、事前に事実関係を把握する必要があります。この行政調査は、国民の権利を侵害するおそれがあるため、法律の根拠や手続の適正性が問題となります。試験では、調査の法的根拠や限界、令状の要否などが頻出です。
行政調査
簡単にいうと
簡単にいうと、行政調査とは行政機関が行政目的を達成するために情報を集める活動のことです。強制力の有無によって3種類に分類され、強制力を伴うものには法律の根拠が必要になります。試験では頻出度は高くありませんが、判例の内容とあわせて整理しておきましょう。
行政調査とは、行政機関によって行われる行政目的達成のための情報収集活動のことです。税務署による税務調査や警察官による職務質問など、行政が情報を収集する場面は日常的に存在しますが、その強制力の有無によって3種類に分類されます。
① 強制調査とは、調査を拒否する者に対し、その意思に反して物理的・直接的な強制力を行使する調査です。具体的には、脱税事件のための税務署による臨検・捜索などがこれにあたります。このような強制力は国民の権利・自由を直接侵害するため、法律の根拠が必要です。侵害留保の考え方から、法律の根拠なしに強制力を伴う調査を行うことは許されません。
② 間接強制を伴う調査とは、物理的強制を直接行使することはできませんが、調査を拒否した場合に罰則を科すことのできる調査です。税務調査としての税務署の質問・検査(国税通則法上の質問検査権)がその典型例です。罰則という間接的な強制手段によって調査への協力を促す点で、実質的に強制力を有するといえます。そのため、この種の調査も法律の根拠が必要です。
③ 任意調査とは、相手方の任意の協力に基づいて行われる調査です。法的な強制力を伴わず、あくまで相手方の自発的協力によって成立します。警察官による職務質問に付随した任意の質問がその例です。任意調査は国民の権利・自由を直接侵害するものではないため、法律の根拠は不要です。
侵害留保との関係について整理しておきましょう。侵害留保の考え方からすると、強制力を伴う調査を行うには法律の根拠が必要とされます。ただし、任意調査であっても、事実上の強制にわたるほど強い圧力をかけることは許されません。相手方の自由を不当に制約してはならないという限界があります。
なお、参考書では憲法35条(令状主義)との関係が補足されています。税務調査については、憲法35条の令状主義の規定が適用されるかが問題となりますが、川崎民商事件において最高裁は、税務調査のような行政手続については憲法35条の令状は不要であるとの立場を示しています(なお、川崎民商事件は行政手続上の令状要否についての重要な判例です)。
具体例
税務署による税務調査を例にとりましょう。税務署員が事業者のもとへ税務調査に赴く場面を想定します。税務調査は「質問検査権」(国税通則法74条の2等)に基づく調査であり、拒否すれば罰則が科される間接強制を伴う調査に該当します。そのため、法律の根拠(国税通則法)が必要です。一方、調査員が単に「帳簿を見せてもらえますか」と任意に尋ねる行為自体は任意調査の要素もありますが、拒否すれば罰則という仕組みがある以上、全体として間接強制を伴う調査に位置づけられます。法律の根拠なしに罰則を設けることは許されません。
重要メモ
- ・「強制調査・間接強制調査は法律の根拠が必要、任意調査は不要」という3分類の区別と、令状主義(川崎民商)の射程が試験の核心
- ・【3分類の整理】①強制調査(直接実力行使):法律の根拠が必要、②間接強制を伴う調査(拒否すれば罰則):法律の根拠が必要、③任意調査(任意の協力のみ):法律の根拠は不要
- ・【侵害留保との接続】国民の権利・自由を侵害する調査には法律の根拠が必要(侵害留保の原則)。任意調査は侵害に該当しないため法律の根拠は不要
- ・【任意調査の限界】任意調査であっても、事実上の強制にわたる圧力をかけることは許されない。相手方の自由を不当に制約してはならない
- ・【川崎民商事件(最大判昭47.11.22)】税務調査(質問検査権)について憲法35条の令状主義は直接適用されない。行政調査は刑事捜査とは目的・性格が異なる
- ・【間接強制の具体例】税務署の質問検査権(国税通則法74条の2等):拒否すれば罰則が科されるため間接強制を伴う調査に該当し、法律の根拠(国税通則法)が必要
- ・OCRポイント:直接強制調査(身体・財産に直接実力行使)と間接強制調査(罰則で応じることを強制)の2種類が強制調査の下位分類
行政調査に関する判例(概要)
簡単にいうと
簡単にいうと、行政調査に関する判例は3つが重要です。所持品検査・自動車の一斉検問・目的外利用の禁止の各判例を整理しておきましょう。いずれも「任意調査の限界」と「調査権限の目的拘束性」という観点から理解すると覚えやすくなります。
行政調査に関して、試験上重要な判例が3つあります。
① 所持品検査(最判昭53.6.20):警察官による所持品検査は明文の規定がないものの、職務質問(警察官職務執行法2条1項)の付随行為として、強制にわたらない限り許容されます。
② 自動車の一斉検問(最決昭55.9.22):自動車の一斉検問は明文の規定がないものの、警察法2条1項を根拠に、任意の協力を求める形で運転手の自由を不当に制約しない方法で行われる限り適法とされます。
③ 目的外利用の禁止(最判平16.1.20):法律によって与えられた行政調査権限は当該調査目的のためのみ行使が認められ、犯罪捜査など別目的への転用は違法となります。
各判例の詳細は下記の個別テーマを参照してください。
重要メモ
- ・「3判例はいずれも明文規定なし・任意性と比例原則の範囲内なら適法・目的外転用は禁止」という共通軸で整理できる
- ・【3判例の共通構造】①所持品検査(昭53)・②一斉検問(昭55):明文規定なしでも任意性・比例原則の範囲内なら適法。③目的外利用禁止(平16):権限は付与目的の範囲内でのみ行使可能
- ・【所持品検査(最判昭53.6.20)】職務質問(警職法2条1項)の付随行為として、強制にわたらない範囲で許容。明文規定は存在しない
- ・【一斉検問(最決昭55.9.22)】警察法2条1項を根拠として適法。要件:任意の協力を求める形+運転者の自由を不当に制約しない方法
- ・【目的外利用禁止(最判平16.1.20)】行政調査権限は当該調査目的のためのみ行使可能。犯罪捜査など別目的への転用は権限逸脱として違法
- ・【川崎民商事件(最大判昭47.11.22)】税務調査に憲法35条の令状主義は直接適用されない。ただし刑事訴追目的での行政調査権限の転用は目的外利用となる
- ・【過去問頻出パターン】「明文規定がないから違法」→誤り。判例上、任意性・比例原則の範囲内なら明文規定なしでも適法とされる場合がある
所持品検査(最判昭53.6.20)
簡単にいうと
簡単にいうと、警察官が職務質問の際にバッグなどを見せてもらうことができるのかという問題です。明文の規定はありませんが、判例は一定の範囲で許容しています。
警察官による所持品検査について、明文の規定はありません。しかし、最高裁(最判昭53.6.20)は、所持品検査は警察官職務執行法2条1項の職務質問に付随する行為として認められると判示しました。
許容される所持品検査の要件として、あくまでも強制にわたらない限りであることが求められます。相手方の承諾を得た上で行う必要があり、強制的な所持品検査は法律の根拠なしには許されません。所持人の抵抗を排除してまで実施することは違法となります。
整理すると、任意の所持品検査は職務質問の付随行為として許容されますが、強制的な所持品検査は法律の根拠がなければ許されません。所持品検査を行うにあたっては、強制にわたらないことが適法性の前提条件となります。
なお、所持品検査は職務質問(警察官職務執行法2条1項)の付随行為として認められるものであり、独立した権限として明文化されているわけではありません。この点が試験でも問われることがあるため、「明文規定なし→職務質問の付随行為として許容」という構造を押さえておきましょう。
具体例
警察官が深夜に不審な行動をしている人物に職務質問を行いました。その際、「バッグの中を見せてください」と任意に求めることは、職務質問の付随行為として許容されます。しかし、相手が拒否した場合に力ずくで開けることは、法律の根拠がない限り許されません。
重要メモ
- ・「明文規定なし・職務質問(警職法2条1項)の付随行為・強制にわたれば違法」の3点を押さえる
- ・【根拠規定】所持品検査の明文規定は存在しない。警察官職務執行法2条1項(職務質問)の付随行為として認められる
- ・【適法要件】強制にわたらない範囲であること。相手方の承諾を得て行う必要がある
- ・【違法ライン】所持人の抵抗を排除してまで実施する強制的な所持品検査は、法律の明文の根拠がない限り違法
- ・【比例原則の適用】所持品検査の必要性・緊急性と、これによって侵害される個人の法益のバランスにより許容性を判断する
- ・【試験での出題パターン】「警察官が職務質問の際にバッグの中を強制的に開けた」→明文の根拠規定がなければ違法。「任意に求めた」→職務質問の付随行為として適法
自動車の一斉検問(最決昭55.9.22)
簡単にいうと
簡単にいうと、警察官が道路上で複数の車を一斉に止めて確認する行為(一斉検問)が許されるのかという問題です。明文の規定はありませんが、判例は一定の条件のもとで適法としています。
警察官による自動車の一斉検問についても、明文の規定はありません。しかし、最高裁(最決昭55.9.22)は、警察法2条1項を根拠として一斉検問を適法と認めました。
一斉検問が適法とされる要件は、①任意の協力のもとで行われること、②自動車利用者の自由を不当に制約しない方法で行われることです。つまり、強制的に停車させたり、車内を強制的に調べたりすることは許されませんが、任意で停車を求め、協力を得る形であれば許容されます。
この判例のポイントは、一斉検問が「国民の自由の干渉にわたる可能性があるが、相手方の任意の協力を求める形で、運転手の自由を不当に制約するものでなければ適法」という点です。交通違反多発地域等での一斉検問は、任意性と比例原則の範囲内であれば許容されます。
根拠条文は警察法2条1項(「個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ること」)であり、一般的な警察活動の根拠として位置づけられています。
具体例
飲酒運転が多発する地域において、警察官が夜間に道路上で車を順次停車させ「お酒を飲んでいませんか」と確認する一斉検問を実施しました。運転者が停車を拒否して走り去っても強制的に追跡・停車させることはできませんが、任意に協力してもらう形での検問は適法です。
重要メモ
- ・「明文規定なし・警察法2条1項を根拠・任意かつ自由を不当に制約しない方法なら適法」(最決昭55.9.22)
- ・【根拠規定】明文の個別規定は存在しない。警察法2条1項(「個人の生命、身体及び財産の保護に任じ…公共の安全と秩序の維持に当ること」)を根拠とする
- ・【適法の2要件】①任意の協力を求める形で行われること、②運転者の自由を不当に制約しない方法で行われること
- ・【違法ライン】強制的に停車させたり、車内を強制的に調べたりすることは法律の根拠なしには許されない
- ・【比較:所持品検査との違い】所持品検査は警職法2条1項(職務質問)の付随行為を根拠とするのに対し、一斉検問は警察法2条1項を根拠とする点が異なる
- ・【過去問(08-26-4)】自動車検問は任意の協力を求め自由を不当に制約しなければ適法(正答:○)
- ・【出題ポイント】「警察法2条1項を根拠」「任意性」「自由の不当制約がないこと」の3つをセットで記憶する
目的外利用の禁止(最判平16.1.20)
簡単にいうと
簡単にいうと、行政調査で得た情報や権限を、本来の目的とは別の目的(たとえば犯罪捜査)に使ってよいのかという問題です。判例はこれを「許されない」としています。
法律によって与えられた調査権限は、当該調査目的の達成に必要な範囲内でのみ行使が認められます。最高裁(最判平16.1.20)は、行政調査で得た情報・権限をほかの目的(犯罪事件の調査や捜査)のために用いることは許されないと判示しました。これを「目的外利用の禁止」といいます。
行政調査権限はあくまでも当該行政目的のために付与されたものであり、別目的に転用することは権限逸脱として違法となります。たとえば、税務調査権限(質問検査権)は税の賦課・徴収という行政目的のために付与されており、刑事事件の証拠収集目的でこれを行使することは許されません。
刑事捜査が必要な場合には、刑事訴訟法上の適正な手続(捜索差押令状の取得等)によることが求められます。行政調査と刑事捜査は、その目的・手続・適用法令がそれぞれ異なり、混同することは許されないのです。
目的外利用の禁止の根拠は、法律による授権(権限付与)の趣旨・目的に求められます。権限は付与された目的の範囲内でのみ行使できるという行政法の基本原則の現れです。
具体例
税務署が適法に税務調査(質問検査権の行使)を実施し、事業者の帳簿書類を閲覧しました。その過程で、別件の詐欺事件に関わる証拠書類を発見したとします。税務調査権限はあくまでも税の賦課・徴収目的のために付与されたものであり、その権限を根拠に詐欺事件の証拠収集を行うことは目的外利用として許されません。刑事事件の捜査が必要であれば、刑事訴訟法上の手続(捜索差押令状の取得等)によることが求められます。
重要メモ
- ・「行政調査権限は授権目的の範囲内でのみ行使可能。犯罪捜査目的への転用は権限逸脱で違法」(最判平16.1.20)
- ・【原則】法律によって付与された行政調査権限は、当該調査目的の達成に必要な範囲内でのみ行使できる(権限付与の趣旨・目的による拘束)
- ・【目的外転用の例】税務調査権限(質問検査権)を刑事事件の証拠収集に転用すること→権限逸脱として違法
- ・【適法手続の要求】刑事捜査が必要な場合は、刑事訴訟法上の手続(捜索差押令状の取得等)によること
- ・【川崎民商との関係】川崎民商(最大判昭47.11.22):税務調査自体への令状不要。平16判例:刑事訴追目的での税務調査権限の転用は目的外利用として禁止。両者は矛盾しない
- ・【根拠の構造】権限の目的拘束性→行政法の基本原則。授権された目的の範囲を超えた権限行使は越権行為(ultra vires)として違法
- ・【試験での出題パターン】「行政調査中に犯罪証拠を発見した場合、そのままその権限を使って証拠収集を続けた」→目的外利用として違法。刑訴法上の令状が必要
まとめ
関連判例
川崎民商事件
最大判昭47.11.22所得税の更正処分に不服を申し立てた川崎民商協同組合の会員が、税務署職員の質問検査を拒否し、検査忌避罪で起訴された事件。最高裁(最大判昭47.11.22)は、憲法35条の保障は刑事手続のみならず行政手続にも及びうるとしつつ、旧所得税法の質問検査権に基づく調査はあらかじめ裁判官の令状を要するものではないとした。また、憲法38条1項の自己負罪拒否特権についても同様に行政手続に及びうるが、質問検査権はこれに反しないとした。試験では、憲法35条・38条の行政手続への適用と、質問検査権の令状不要という結論がセットで問われる。
荒川民商事件
最決昭48.7.10税務署職員が納税者への事前通知なく所得税に関する質問検査を行ったことの適法性が争われた事件。最高裁(最判昭48.7.10)は、質問検査の範囲・程度・時期・場所等については、質問検査の必要性と相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられるとし、事前通知は質問検査の法律上一律の要件ではないとした。試験では、質問検査に事前通知が不要であること、調査の範囲は合理的裁量に委ねられることが問われる。
京都府学連事件
京都府学連のデモ行進に対し、警察官が許可条件の遵守状況を確認するため写真撮影を行ったことが問題となった事件。最高裁(最大判昭44.12.24)は、憲法13条によりみだりに容貌等を撮影されない自由を認めつつ、現に犯罪が行われもしくは行われた後間がないと認められる場合で、証拠保全の必要性・緊急性があり、手段が相当であれば、撮影は適法とした。行政調査における比例原則や任意調査の限界を考える上で参照される判例であり、試験では肖像権の根拠と適法な撮影の要件が問われる。
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公用制限
公共目的のために私人の財産権に制限を加えるが、所有権自体は残したままにする行政作用のこと。
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